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イベントレポート

2026.1.28

「トークイベント~不登校を経験したからこそ見えた自分らしい未来」レポート

2025年11月、小・中学生の保護者を対象としたイベント「不登校の子どもを支える保護者のひろば」が開催されました。このレポートでは3回にわたり、イベントの様子をお伝えします。 イベントは、有識者による「セミナー」、経験者による「トークイベント」、保護者同士の「参加者交流会」、不登校支援の経験がある相談員との「個別相談会」の4つのプログラムから構成されます。 第1弾は、11月15日(土)に東京たま未来メッセ(八王子市)の回でトークイベントに登壇した3名の不登校経験者のお話をご紹介します。皆さん、自らの経験、その時の思いなどを語ってくださいました。

登壇者の紹介

※本レポート記事内の画像については、出演者のプライバシー保護及び本人の希望により、顔が写らないよう首から下のみを撮影したものを使用しております。

Aさん

Aさん

学力競争の激しい学校への転校による環境の変化をきっかけに、小学校6年生から中学校3年生まで不登校を経験。

Bさん

Bさん

勉強をする意義がわからなかったこと、いじめにあったこと、担任の先生が苦手であったことなど、様々な要因により、中学校1年生から高校入学まで不登校を経験。

Cさん

Cさん

転校やクラス替えにより友達と離れてしまったこと、新しい先生と合わなかったことなどを背景に、突然学校に行けなくなり、小学校3年生から4年生まで不登校を経験。

家族とはどのような関係性でしたか。

Aさん : 親は進路のことなどを考えると不安だったと思います。最初の頃は無理やり服を着せられ、学校に引っ張っていかれたこともありました。でもスクールカウンセラーなど外部の方々と話をするなかで、「あなたはあなたのままでいいよ」と言ってくれるようになりました。それがとてもありがたかった。基本的には受け身の形で、でも話をする時間を多く作ってくれたことも助けになりました。

Bさん : 母には感謝しています。自分が不登校の間、好きなゲームをずっとしていてもいい環境を作ってくれました。同時に、毎日規則正しく生活することの大事さも教えてくれていて、それは不登校から回復するのにとても役立ちました。
当時先生や周りの大人に対して「自分が何をしても大人は変わらない」と愛想を尽かしていたので、母が不登校の親の会に行ったり、いろいろな本を読んだりしているのに対して、子供ながらに「自分のために変化して行動してくれているな」と感じ、尊敬していました。
後になって知ったのですが、不登校でゲームばかりやっている自分を、実は不安に思っていたそうです。でも、親の会で他の保護者の方から「放っておいてもいいんじゃない」という意見を聞いて、それを取り入れて環境づくりをしてくれたそうです。

トークイベントのイメージ画像

Cさん : 不登校になっても、母は学校に行けとは言わなかったので、本当にありがたかったです。フリースクールに通い始めたとき、車で40分、電車で1時間の道のりを、一人で行けるようになるまですっと送り迎えしてくれて、助けになりました。
当時、私は読み物が好きで、通信教育の冊子が読みたかった時に、「先月号をやらないと新しいものは開けちゃダメ」というルールがありました。今、振り返るとそのおかげで勉強が遅れなかったな、と思っています。
当時、父方の祖母が「お母さんが連れていけないなら私が(学校に)連れて行くわよ」と言ったらしいですが、母が遮断してくれて私の耳に入らないようにしていたそうです。あとから知ったのですが、それも本当に感謝しています。

不登校の経験を経て得た気づきや、成長できたことを教えてください。

Aさん : 「学校へ行く」という当たり前と思っていたことができなくなり、自分が少数派になったことで「ふつう」とは何かについて考えるようになりました。地域のボランティアグループや、国際交流の場に参加して、年齢やバックグラウンドが違う人たちと一緒にいると、お互いの違いを気にせずにいられて居心地がよかったのです。そこからマイノリティの問題に関心を持つようになり、今は大学院で居場所支援など子供・若者の育ちの環境に関する研究を続けています。
また、趣味の洋画から英会話にも興味を持ち、英会話教室に通い始めました。大好きな英語の勉強にたくさん時間を費やすことができ、英語が得意になりました。そのことは自信にもなり、その後の進学にも活かすことができました。
将来は、大学院での研究内容や、得意とする英語を活かせる就職先を考えています。不安もありますが、不登校というハードシップを乗り越えたので、大きく構えられるようにはなったと思います。

Bさん : ゲームを通して論理的な思考と自己分析が身についたと思います。難しくて厳しいゲームをクリアするまで続けた経験は、失敗から立ち直る方法や、メンタルの保ち方、継続の重要性を考えるきっかけになり、失敗を恐れずに何かしてみようと思えるようになりました。
また、ゲームに没頭するなかで漠然と「これからの人生に必要なもの」を考えるようになり、「ゲームをするためには安定した収入が必要」という結論にたどり着き、稼ぐためには外とのコミュニケーションが必要だと思いました。
学校に行くのは勉強のためではなく、「人とのコミュニケーションをうまくするため」と考え、高校入学へとつながりました。
高校入学後は人と会うことに自信がつき、ゲームの大会に出たり、ボランティアで大会スタッフをしたり、アルバイトをしたり、外向的な活動を意識的に増やして、多様な人と関わりたいと思うようになりました。

トークイベントのイメージ画像

Cさん : 不登校になった直後は罪悪感があって、パトカーとすれ違うと「捕まるかもしれない」と怖くなって思わず隠れたりすることもありました。でもフリースクールに来ている人たちと接してからは、「当たり前」や「多数派」が正しいわけじゃないと気づきました。
今後、またメンタルを試されることが起きたとしても、小学生時代の不登校経験を経て積み重ねてきたものがあるから何とかなる、と考えられるようになりました。こうした気づきにつながるのなら、不登校という経験も悪くないと思っています。どうしよう、と思うときもありますが、自分で進む道を見つけていきたいです。

読者のみなさんへのメッセージ

トークイベントの後にお話を伺い、読者のみなさんへのメッセージをいただきました。

Aさん : 学校に行けないことだけに意識が行ってしまうとなかなか前に進んでいけないけれど、前に進むためには、当たり前を見つめ直してみることが大事だと思います。

Bさん : 同じ趣味の人とか、自分と共通点がある人を見つけてどんどんコミュニケーションを取り、人とのつながりを増やすと、精神的に安定するし、人生もっと面白くなるよと伝えたいです。特にコミュニケーションが苦手と感じている人には、自分が一番熱中できる趣味やゲームのグループ、価値観が似ているコミュニティに参加してみることをおすすめしたいです。

Cさん : 今は将来のことまで考えられない、と思うかもしれないけれど、大丈夫です。短い単位の時間を毎日積み重ねていくことです。私も最近になって、50歳になった自分ってどんなだろう、と思えるようになりました。

トークイベントのイメージ画像